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東京高等裁判所 昭和27年(行ナ)28号 判決

原告 加藤高蔵

被告 特許庁長官

主文

昭和二十六年抗告審判第四五六号事件について、特許庁が昭和二十七年七月三十一日になした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は昭和二十六年六月三日「明徳」という文字を楷書で縦書にして構成されている商標について、第三十八類日本酒及びその模造品を指定商品として、その登録を出願したところ(昭和二十五年商標登録願第一二、八一七号事件)、拒絶査定を受けたので、昭和二十六年六月十八日抗告審判を請求したが(昭和二十六年抗告審判第四五六号事件)、特許庁は昭和二十七年七月三十一日原告の抗告審判の請求は成り立たないとの審決をなし、右審決書は同年八月十日原告に送達された。

二、審決は、登録第三三九六七〇号商標を引用し、原告の出願にかゝる商標は、右登録商標と類似し、指定商品も互に牴触するものであるから、商標法第二条第一項第九号に該当するものとして、その登録を拒絶した。右登録商標は、「明徳」という文字を活字体の楷書で縦書にして構成され、第三十八類日本酒及びその模造品を指定商品として、昭和十六年一月二十八日訴外田中善政のために登録されたものであるが、右商標権者は既に営業を廃止し、商標権は消滅に帰したものであるから、原告はこの点を主張したが、審決は、その事実を認めることができないとして、原告の抗告審判の請求を成り立たないとしたものである。

三、右審決は次の点において違法であつて、取り消さるべきものである。

(一)  審決はその理由において、「引用登録商標の商標権者が営業廃止したとの立証として提出した久留米税務署長の証明書についてみるに、前記商標権者が、清酒製造免許付与が、廃業申請によりその製造免許を取り消した点は、これを認め得るけれども、その商品の取扱又は販売の営業を廃止したものと断ずるわけにはゆかない。」と説示している。

しかしながら、久留米税務署長作成の証明書(甲第二号証)には、「田中善政に対しては、廃業申請により昭和七年四月製造免許を取り消した」旨が記載されているから、反証のない限り、「日本酒及びその模造品」に関する営業一切は廃止されたものと断定しなければならない。けだし製造免許の取消証明書のみを提出したのは、酒類の「取扱又は販売の営業等はしていないことを前提としているからである。元来右証明書は、原告が専門の弁理士に依頼せず自身、特許庁の指令に基き、久留米税務署長から受けたもので、原告は一般営業者の常識の範囲内で、前述の「前提」のもとに手続を運んだものである。もし特許庁において「取扱又は販売」の営業が存し、かつ「取扱又は販売の営業を廃止したものと断」じ得ないと思料したならば、不意打的審決を下すべきではなく、商標法第二十四条により準用する特許法第百十条、第八十八条第二項後段を適用して、「取扱又は販売の営業」が存するや否や、かつこれを廃止したりや、並びにその挙証につき釈明を求める義務がある。この釈明義務を先ず履行しないで、事実誤認に陥り、審決を下した特許庁の措置は、審理不尽の違法を免れない。審決が、商標権者が「取扱又は販売の営業」をしているとの、架空の事実を前提として、「取扱又は販売の営業をも廃止したものと断ずるわけにはゆかない」と説示しているのは奇怪といわざるを得ない。

(二)  引用の登録第三三九六七〇号商標権は未だ発生していないから、これを引用して原告の登録願を拒絶したのは違法である。

すなわち、右登録商標と同一性を有する文字商標「明徳」は、同一商標権者により、すでに大正八年十二月五日第一一〇、〇四六号を以て登録されている。この商標権は、昭和十四年十二月五日二十年の存続期間の経過によつて消滅する計算となり、同登録商標の商標原簿にもその旨の記載がある。しかし右の記載は真実とは一致しない。すなわち右商標権は昭和七年四月すでに商標権者の営業の廃止により消滅し、同人はその後今日にいたるも酒類の営業を開始していないから、特別事情のない限り、昭和十六年一月二十八日右と同一性のある文字商標「明徳」について形式上登録を受けても、商標権が発生するいわれがない。けだし昭和七年四月営業の廃止により商標権が一旦消滅に帰し、その後営業を開始しないで、同一構成の商標登録を受けることにより、商標権が発生すると解するならば、商標法第十三条は結局空文とならざるを得ないからである。してみれば昭和十六年一月二十八日登録の第三三九六七〇号は商標権として発生し、かつ存在していないものといわなければならない。

(三)  訴外明利酒類株式会社は、昭和二十八年二月二十八日前記田中善政を相手方として、右引用登録第三三九六七〇号商標について、商標法第十四条第一号を理由として、特許庁に商標登録取消審判を請求したところ(昭和二十八年審判第七二号事件)、特許庁は右請求を容れ、昭和二十九年二月二十七日登録第三三九六七〇号商標の登録を取り消す旨の審決をなし、右審決は確定し、右登録は同年五月十四日抹消された。してみれば、原告の出願を拒絶すべきものとして引用した先登録商標は不存在となつたものであるから、この商標を実在するものとしてなされた審決は違法であり、当然に取消を免れない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように答えた。

一  原告主張の請求原因一及び二の事実(但し訴外田中善政が、営業を廃止したことを除く)は、これを認める。

二  同三の主張を争う。

原告が引用登録商標の商標権者が、肩書地でその営業を廃止したとの立証方法として提出した久留米税務署長の証明書(甲第二、三号証)についてみるに、引用登録商標の商標権者が、商品合成清酒製造免許付与を廃業申請により取り消された点及び更に酒類販売免許をも受けていないという点は、これを認め得るとしても、同人が国内のいずれの地においても、その商品の製造又は販売の営業を廃止したものと断ずるわけにはいかない。

また前記の商標権者が、その商標を他人に譲渡し、その他人が現に当該商標を指定商品について使用している場合もあり得るからである。

そして商標の登録を有する者が、既に営業を廃止したか否かのような立証の責任は、法律効果を主張する者の側にあり、その証拠の程度により、釈明せしめるべき義務が特許庁にあるとはいえない。特許庁の審判は職権主義を採用しているから、当事者の提出した証拠を以てしては不充分若しくは疑いある場合、職権により釈明せしめるかどうかは、特許庁における事実審理の専権に属することであつて、これを以て審決が違法であるとはいい得ない。

三  商標法第一条により商標の登録を受けんとするには、現に営業にかゝる商品なることを表彰するためなることを要せず、将来開始すべき営業に係る商品なることを表彰するためなるを以て足るものとするから、すでに登録出願の商標が登録せられ、しかもこれが当庁備付けの商標原簿上に現存していることでもあるから、この商標権は存続するものとみなされるべきであつて、これを拒絶の理由に引用した審決には、何等違法な点はない。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、引用登録商標の商標権者田中善政が営業を廃止したとの事実を除いて、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実と各その成立に争のない甲第一号証及び乙第一号証とによれば、原告の出願にかゝる商標は「明徳」の文字を楷書で縦書にして構成され、審決が引用した登録第三三九六七〇号商標は「明徳」の文字を活字体の楷書で縦書にして構成されていることが認められるから、両商標は同一といえないまでも極めて類似していることは明白であり、またともに第三十八類日本酒及びその模造品を指定商品としている。

三、よつて右引用にかゝる登録第三三九六七〇号が、審決のなされた昭和二十七年七月三十一日当時において(最高裁判所昭和二十七年一月二十五日、同昭和二十八年十月三十日判決参照)、果して原告主張のように消滅していたものであるかどうかについて判断するに、その成立に争のない甲第二、三号証、甲第五号証の一、二と証人田中善政の証言とを総合すると、前記引用登録商標の商標権者訴外田中善政は、大正七年七月福岡県三井郡北野村において清酒製造の免許を受け、「明徳」という清酒を醸造し、傍ら大正七、八年頃から福岡県田川郡添田町に営業所を設け、実弟田中国政をして明徳の卸小売業をさせていたが、清酒製造の方は、昭和七年四月廃業の申請をなして免許を取り消され、また酒類の卸小売業も、昭和十九年まで行つたが、爾来行わず、その後右審決当時にいたるまで、酒類販売の免許を受けておらず、現に無職で何の営業をもしていないことを認めることができる。以上認定の事実によれば、同人は、前記商標を使用してなすべき営業を、少くとも酒類の卸小売業を行わなくなつた昭和十九年当時廃止したものと認定するのが相当であつて、前記証人田中善政の証言中これに反する部分は、当裁判所の到底採用し得ないところである。

してみれば、審決が原告の登録出願を拒絶するについて引用した登録第三三九六七〇号商標は、昭和十九年当時商標権者がその営業を廃止し、消滅に帰していたものと認むべきであるから、たとい、なお商標原簿に登録されていたとしても、原告の出願にかゝる商標を登録することを妨げないものといわなければならない。

四、以上の理由により、原告の本訴請求はその理由があり、審決はこれを取り消すべきものと認められるから、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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